会社 引っ越しました
- 2010.05.28 Friday
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- 10:02
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- -
- by 川村多恵子
長い間ブログを更新できませんでした。
自分の発言がいろいろな方に読まれるときの影響を考えると
安易に発言することに躊躇を覚えて
更新する勇気がもてませんでした。
でも、ここ数ヶ月数人の方から
「あなたが考えていることに勇気付けられました。
これからも情報発信をつづけてください」
というお声に励まされました。
誰か一人でもわたしの発言で勇気付けられるならそれも良いし
仮に誰の役に立たなくても
自分の思いを社会に発言することは悪いことでもない、と思い直しました。
そんなわけで、頻繁には出来ないかも知れませんが
これからも何か考えることがあるたびに
ブログをつづってゆきたいと思います。
今年一月、ご縁があって土地を授かり
新しい社屋を新築、移転しました。
最近は住宅事情で
なくなってもおうちに帰ることが出来ない方が多く
そのために一度に3家族が収容できる霊安室が必要になったからです。
わたしたちは何百人もの会葬者が収容できる大きなホールを持つことは
最初から考えておりません。
大手の葬儀社と同じ土俵で相撲を取るつもりは無いのです。
ご家族が無い、誰も送ってくれる親族が無い
家族だけで心をこめて送ってあげたい、
そんな方のための葬祭会館です。
誰もいない分、わたしたちがご家族に代わって
心をこめて、温かくやさしく送って差し上げたい、
そんな方が同時に重なってもお断りしないようにとの思いで
建てた会館です。
衣替え
- 2009.10.05 Monday
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- 11:02
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- by 川村多恵子
10月1日は衣替えです。
女子高生たちの制服が、白っぽい夏服から紺色の冬服に替わり
町の様子が前の日と一度にかわり「ああ、もうすぐ冬だなぁ」と実感します。
日本は四季の移ろいが豊かな国で
古くから季節季節の年中行事が沢山あります。
忙しい現代生活の中でも
「今日は24節季のうちの○○です。」とニュースで報じられるほど
季節ごとの行事や慣わしが深く日本人の心には根付いています。
春秋のお彼岸、お盆のお墓参りもその一つですね。
特にお盆は都会で暮らす若い人たちもこぞってふるさとに帰り
久々に家族や旧友と親交を温めます。
どんなに若い人たちでも
知らず知らずに日本の精神風土に育まれて
他の国の方とは違う文化を継承してゆきます。
死者を悼む気持ちや、「弔い」を大切にする気持ちが
若いご遺族様たちの中にも見て取れると
なんだか「日本はまだまだ大丈夫」
そんなふうに思ってしまう今日この頃です。
葬儀業界の過剰な商業主義に物申す
- 2009.10.01 Thursday
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- 12:58
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- -
- by 川村多恵子
近年、葬儀にあまりにもお金がかかりすぎるのと
遺族が会葬者の接待に忙殺されて、悲しみを癒す暇がなく
本来の意義を見失ったお葬式のあり方に反感を覚え、
「お葬式は質素に」と、お考えの方が多くなりました。
親のお葬式はともかく、自分の葬儀は派手なことはしてもらいたくないとおっしゃる方が
特に「団塊の世代」と言われる年代層に多いように思います。
昨日のブログでも書きましたが
一度お葬式を出した経験のある方は一様に
「お葬式」と言う行事がどんなに経済的にも精神的にも肉体的にもきついものであったか
身に沁みて感じていらっしゃるのです。
一頃、経済成長の名の元に葬儀も格段に派手になってゆきました。
大きな葬儀場ホールを借り切って
会葬者の沢山いらっしゃるお葬式が一種のステータスのようにもてはやされました。
葬儀各社は次々と立派なホールを建設し、豪華な設備を準備し
これでもかこれでもかと言うぐらいに「高級葬儀」をうたい文句に営業展開しておりました。
特に都市部では近代的な住宅事情により冠婚葬祭に適した大きな家が少なくなり
また、寺院では夏冬の気候に対応した空調設備が望めないこともあって
その利便性から
ホールを借り切ってのご葬儀はお客様のニーズに合致したものだったと言えるのではないでしょうか?
確かにご遺族が自宅や火葬場、寺院を行き来して様々な儀式を営むよりも
快適な場所を中心に沿えて一箇所ですべてが済ませられるのは合理的な考え方かもしれません。
しかし反面では、ご遺族が必要とする本来の「ご葬儀」の意義を見失いがちになってきたのも
紛れもない事実です。
お寺様がお葬式に果たす役割、葬儀社がどこからどこまでをお手伝いするものなのか
そのことを認識できる場面があまりにも少ないのです。
お葬式って本来何のためにするのでしょう?
お葬式は
故人の魂を鎮め、遺族の悲しみを癒し、故人が生前お世話になった方にお礼を申し
故人と関りの有った方たちがお別れをし、遺族をいたわり慰めるためにあるものだ、
と言うのが
日本人が「お弔い」を大切にしてきた精神風土なのです。
それなのに葬儀社の言うとおりに
まるでベルトコンベアーで運ばれてゆくように日程をこなし
ともすれば菩提寺のご住職様たちの役割を軽んじ
あたかもお寺様たちが「お葬式を生業とするだけの存在」という捉え方は
実に嘆かわしい風潮です。
また、遺族が会葬者の接待にのみ気を使いすぎ
故人をいたむ暇もなく、悲しみを癒す暇もなく
日程に追いまくられ
また親族や会葬者が
故人の死を悼み、遺族を慰めることも忘れて儀礼的に葬儀に参列し
あろうことかその家のお葬式が立派であったかどうか、お料理が立派であったとかないとか
落ち度があったかなかったかを取りざたするなどもってのほかではないでしょうか?
「お葬式」という行事はいつでも突然やってきます。
大切なご家族を失って悲嘆にくれているご家族に冷静な判断力など望むべくもありません。
そのようなご遺族の心を静め、お葬式本来の意義や目的をお伝えし
菩提寺様とご遺族の今後のお付き合い、参列者とご遺族の今後のお付き合いを
より一層残されたご遺族の悲しみを癒す意義深いものになるように
心を砕くのが「葬儀社」としての務めだと、わたしは考えます。
今まさに「物の豊かさ」から「心の豊かさ」を求める時代へと変貌してきています。
そんな中で「己の商業主義」の為に
ただ「売上を上げればよい」「儲けが多ければよい」と言う視点で
「便利であればお金は多少かかっても仕方がない」と
ご遺族を無理やり納得させるようなサービスのあり方にわたしは大きな疑問と怒りを感じます。
「利便性」は確かに消費者としてのお客様にとって大切な要素ではあります
しかしだからと言って「利便性」の為に払う代償が大きすぎるのも問題です。
「利便性」を確かに叶えながら、「本来の葬儀の意義」を明確に実現させ、しかも
お客様の経済的なご負担にも細かな配慮を怠らない、
そんな葬儀のプロを目指したいものだと考えております。
親の願い・子の願い
- 2009.09.29 Tuesday
- -
- 11:18
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- -
- by 川村多恵子
6月に弊社の紹介記事が魁新聞に掲載されてから
毎日沢山の方がご相談に見えるようになりました。
中で一番多い相談内容が
「自分のお葬式のことで、かわいいわが子に余計な負担を掛けたくない」という
親御さんからのご相談です。
ご自分が親御さんたちを送った経験から
「お葬式」が喪主や子供たちにとって精神的にも経済的にもどんなに大変なことだったのか
身にしみて感じていらっしゃるのでしょう。
だからこそ「自分のお葬式」でいとしいわが子にはあんな難儀はさせたくない、
皆さんそう思われるのでしょう。
そして出来ることであれば、
自分亡き後子供たちがいつまでも仲良く、兄弟げんかなどせずにすむように
段取りしておいてあげたい、そう思っておられるのでしょう。
反面、
親の葬式のことで「親族から親不孝している」と思われたくない、
それが子供たちの思いでもあります。
子供として「親に恥ずかしくないお葬式をしたい」、と言うのが
子供の願いでもあります。
お葬式には親族やご近所の方々が沢山集まります。
質素なお葬式で「親不孝をした」と言われたくない
そんな思いが子供にはあります。
それではこの親と子両方の願いをかなえるにはどうしたらよいのでしょうか?
親と子と、どちらも愛情あるがゆえに相反する願いを
葬儀社としてどうすれば叶えて差し上げられるのでしょう。
それがわたしたちエールの永遠の課題であり目標でもあります。
親の願いを叶えるために
喪主や御喪家さまにいかに精神的なサポートとより安価な価格設定が可能になるか
子の願いを叶えるために
どうしたら限られた予算の中で
どこよりも一層上質なサービスが提供できるか
どうすれば「喪主の体面」を立派に守って差し上げられるか・・・
今までもそしてこれからも
エールのスタッフはその一点にだけこだわりぬき、考え抜いてゆこうと
日々ない頭を絞って
試行錯誤を繰り返しています。
愛犬のアトピー
- 2009.09.17 Thursday
- -
- 10:03
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- -
- by 川村多恵子
昨年八月、わが社の前の公園に犬が捨てられていました。
まだ若そうでしたが、やせこけて後ろ足が完全には立っておらず
あまり大切にされてはいなかった様子でした。
かんかんの日盛りの中、短いロープで公園のフェンスにつながれており
あまりにも可哀相だったので
わが社で保護しました。
幸いにも素直で優しい性格だったようで
すぐにわたしやスタッフに馴染んでくれ
スタッフの心を癒してくれる大切な存在になりました。
「ハナ」と名づけられわが社の一員になったその子は
お客様にもかわいがっていただき
「悲しみの中でもハナちゃんに癒されました。」と言っていただける存在になりましたが
この子は秋田犬にありがちの「皮膚の弱い子」でアレルギーがひどく
お腹の周りに発疹が出来てかゆがり夜も眠れないようでした。
獣医さんに連れてゆきお薬を飲ませたり体質改善の注射をつづけたりしましたが
結局あまり改善しませんでした。
そんなある日ふと、母が「皮膚病やアトピーの子供は海水浴をさせると元気になる」と
昔話していたことを思い出しました。
海水浴に連れて行こうかとも思いましたが
海辺はガラスのかけらが沢山落ちていて危険だし、
第一お盆すぎの海は波が高く、泳がせるには怖かったので、海につれて行くのは躊躇がありました。
そこでわたしが先日から食べている塩を
海水の濃度に水で溶いて患部に塗ってみました。
塩そのものが海水から出来たものでしたから
水道水を煮沸して塩素を抜いた水で溶いたら海水に近いものが出来ると思ったのです。
するとどうでしょう!
初めて塗ってあげたその日はかゆみが収まったのか
朝までぐっすり眠ってくれました。
これに気をよくして毎晩塗ってあげていましたら
なんと
いつの間にか発疹が収まり、赤みもひけて来ました。
一週間たった今では毛が抜けてハダカん坊だった皮膚に毛が生えそろい
すっかりきれいな状態にまで回復してくれました。
地球は海があるからすべての生物が生きていられるのだと聞いたことがあります。
どうやら海にはわたしには想像したこともない
偉大なエネルギーがあるらしいと思いました。
彼女をシャンプーするときには
まずこの海水で温浴させてから洗ってあげようと考えています。

命の塩
- 2009.09.10 Thursday
- -
- 09:49
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- -
- by 川村多恵子
人間が生きていくうえで欠かせないものは沢山ありますが
塩もその一つです。
塩分の取りすぎは生活習慣病のもと、と
まるで塩が諸悪の根源のようにいわれていますが
実際人間が生命を維持するのに塩は絶対必要なものの一つです。
地球上の生物が海から誕生したこととかかわりが有るのかもしれません。
その塩を先月17日から替えてみました。
私はもともと薄味好みなのですが
仕事がら?(不精なだけかもしれない!)あまり自分で料理をしないので
それだけにたまに自分で作る食事だけでも
あまり身体に良くないものは摂り入れたくない、と思ったのがきっかけでした。
塩は海水から作られたものが最も良いといわれ
今は天然塩が数多く店頭に並んでいますが
ほとんどのものは海水を煮詰めてしまうので
熱を加えられ、沸騰させたときに身体に必要なものが壊されるのだそうで、
わたしが今食べているのは
最後まで沸騰させずに海水を結晶化させたものです。
難しいことは良くわかりませんが
この塩を摂り入れるようになってから大変からだの調子がよいのです。
どこがどうだと言うのではなく
朝起きたときから身体がすっきりとし、そこからエネルギーが湧いて出てくる感じなのです。
自分の身体がなんとなく透明になったような
そんなすっきり感です。
身体の調子が良いお陰で朝からあまり「クヨクヨ」考え込むことがなく
なんとなく毎日ウキウキしているのです。
仕事が楽しくなり、どんなに働いても疲れず
夜は心地良い達成感とともにぐっすりと安眠することが出来るのです。
塩を摂取する量は本当に微量なのに
わずかこれだけでこんなに体調が良くなるんだと
正直驚いています。
あなたが毎日食べている塩はどんな塩ですか?
二百十日
- 2009.09.01 Tuesday
- -
- 10:24
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- -
- by 川村多恵子
今日9月1日は二百十日。立春から数えて210日目です。
なぜか例年台風が来たり、荒れた天気になることが多いようです。
今年も例に漏れず昨夜は日本列島に台風11号が接近して太平洋側は大荒れだったようです。
この9月1日は私の父の誕生日です。
大正7年9月1日生まれなので今日で満91歳になりました。
生まれた日が大荒れになるのに影響されたのか
彼の人生は実に波乱万丈だったようです。
わたしが知る範囲でも、大きな怪我をし病気をしてなんども死にかけましたが
その都度奇跡的な回復力と強運に守られて復活し、
今日の日を元気に迎えることが出来ました。
わたしが生まれる前にも戦争を生き延び、原爆を二度も逃れ
これだけで人の持つ運を一生分使い果たしてしまったのではないか
と思われるのですが、
なんと運の強い人なのでしょう。
見ていると彼は本能的に自然体で生きてゆくことと
潜在意識が教えてくれる「直感」に実に素直にしたがうことを知っているようです。
「戦争なんかいやだ」と軍人を辞め、
広島と長崎に原爆が落とされる前日に「嫌な予感」がしてその土地を離れ
大きな災難から身をかわして生きてこれたのは
「直感」に素直に生きてきたからだと思います。
自分に限界をおかず、人生は永遠に続くと思っているようです。
基本的にお人よしで人を簡単に信じるのですが
そのために人にだまされたこともなく
いつも楽観的に人生を楽しんでいるように見えます。
宝くじも「あたる・あたらない」などと考えることはないらしく
ただ「買おう」という気持ちになったときに買ってくるのです。
大当たりすることはなくても
買ったくじは必ず3000円、10000円と少額でも当選します。
仮に3枚しか買わなくても必ず一枚二枚はあたります。
不思議な人です。
完全に「欲」を手放し、ただ直感が導くままに行動しているようで
その行動の結果などまるで念頭にないようです。
うらやましい人です。
その娘に生まれながら
わたしはどちらかと言うとネガティブでいつもクヨクヨしています。
去年の今頃
- 2009.08.26 Wednesday
- -
- 11:24
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- -
- by 川村多恵子
いつの間にか秋風が立ち、今朝はなんとさわやかでしょう。
「秋来ぬと
目にはさやかに見えねども
風の音にぞ 驚かれぬる・・・」ですね。
去年は8月末から9月にかけて
まだお年の若いかたばかり三人をお送りしました。
59歳、34歳、17歳・・・
ご遺族のお悲しみの深さを思うとき
この仕事のプロであるわたしたちにもそれはそれはつらい仕事ではありました。
わたしたちに出来ることを精一杯させていただいたつもりでしたが
それでもその後遺族たちが
今もどうしているか折に触れて気にかかります。
最近偶然にもそのご遺族3家からご連絡入りました。
一年が過ぎそれぞれに普段の生活に戻っていらっしゃったのですが
それぞれが様々な思いから私どもにご連絡くださったのでしょう。
天寿を全うされずに早くに旅立ってしまう方々は
それぞれ残されたご家族にたいせつな課題を残していかれます。
それは、若くして逝ったこの方たちの「死」というものを
今後どのように乗り越えられ、
その「死」を今後の人生でどう捉えて生きてゆくのか、
と言うことだろうと思います。
私も元夫を42歳で逝かせてしまいました。
その後わたしは自らの苦しみから逃れるために
憑かれたように、医学・心理学・社会福祉・カウンセリングを学びました。
そうしていつの間にか
同じような苦しみに直面している方たちの為に
自分の経験を役立てたいと考えるようになりました。
夫を自殺させてしまったわたしだからこそ出来ることがある
そのことをやり続けていくことが
わたしに与えられた天命であり
夫が求めていたものだと思えるようになりました。
人の死をただ嘆き悲しむだけでなく
その死をどうやって意義あるものに昇華させられるか、
わたしが関ったご遺族とともに
じっくり考えてゆきたいと思います。
自分に軸(芯)をもつ
- 2009.08.26 Wednesday
- -
- 10:20
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- -
- by 川村多恵子
こんにちは、社会福祉士の川村です。
今日は自分に軸(芯)を持つ、と言う話です。
苦しいときの神頼み、ってよく言いますよね。
わたしもプレッシャーや悩みでにっちもさっちも行かなくなると
自然に「神頼み」をしてしまいます。
でも人間がいかに無限の可能性を秘めていても
偶然に運が好転することなんて
そんなには多くないと思います。
勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし
剣道ではよく言われている言葉ですが
人生においてもその通りだと思います。
あの時どうして勝てたのだろうと思うときがありますが
負けるときには偶然なんかないのです。
負けるときには必ず原因がある。
負けが続いているときに神頼みしても
偶然に運が好転することはありえない。
自分から「勝ちに行く」という意思決定が必要なんだと思います。
「勝つ」と言う選択があって初めて
自分の中にひめられたエネルギーが動き出し
潜在意識が「勝つ」為の方法を探し出し始めるのです。
本気で「勝つ」と言う選択をすることが大切です。
「勝ちたい」ではなく「勝つ!」なのです。
最近私自身の中で
わたしは本気で「勝つ!」という選択を
していなかったことに気づきました。
「わたしの会社の理想」「会社の方向性に対する私の信念」
漠然とそうしたものはいつも頭にありました。
でも「わたしの理想、信念」が
「絶対お客様にとって利益になる」という確信はありましたが
お客様に支持されることで
この会社を繁栄させ、より多くのお客様のお役に立つ、
という選択が出来ていませんでした。
どこかで「お客様の役に立つこと」と会社が繁栄することを
分けて考えていたのでした。
だからいつでも一つ仕事が終るたびに
喜んでいただいていることに充実感はもてても
必ずそこで自分の動きが止まってしまっていたのだと気づきました。
本当に人様のお役に立つには
わたしはより大きな発言力と経済力を持たなければ
どの道たいしたことは出来ないのです。
会社が繁栄し多くの方から「共感」と言う支持をいただいてこそ
初めて「わたしがしていること」が正当性を持つのです。
これが自分に軸(芯)を持つと言うことです。
ここに宣言いたします。
私の会社はこれから「地域一番店」になります。
より多くのお客様に心に残る
そしてご遺族が心から納得できる葬儀サービスを提供し
そのサービスの質をますます向上させるために・・・
ご意見・ご感想をお寄せください。
仏事
- 2009.08.20 Thursday
- -
- 13:29
- comments(0)
- -
- by 川村多恵子
お盆は皆さんいかがお過ごしでしたか?
懐かしい方々と沢山お会いになりましたか?
私どもがお葬式のお手伝いをさせていただいたおうちからは
その後も忌明け、初盆、一周忌、3回忌などの仏事のご相談がちょくちょくあります。
仏教では人が亡くなった後、忌み日という慣わしがあって、
その都度仏事を行ないます。
先日この3月にお母様をなくされたお家のご長女とお話をしていて
教えていただいたことがあります。
初盆を迎えて大勢の親戚が来てくださった後、
静かになったうちに父と二人いて
「ああ、本当にお母さんは死んでしまったんだなぁ、
もういないんだなぁ」と思ったそうです。
亡くなってまもなくも悲しかったのでしょうが
それでもあれこれの用事に取り紛れてすごし、
しみじみと思い出に浸る暇もなかったそうで、
初盆が過ぎて初めてしみじみとお母様を思われたそうです。
「初盆、一周忌、三回忌、仏事が一つ終るごとに
残された家族は心の一区切りをつけ
そうして忌み日を重ねるごとに心の整理がついてゆくのですね。」
本当にそうなのですね、
仏事は故人の供養のためでもありますが
本当はこうして故人をなくされたご遺族の悲しみを癒すためにあるのかもしれません。
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